大飯原発再稼働、「夏限定」で福井県内猛反発 知事、原発相来県で念押しへ

―――*原発廃止*―――
*即・原発を廃止しても、使用済み燃料や原子炉廃材の放射能と100万年!
*低線量被曝に関しては、ECRR(欧州放射線リスク委員会)の「2010年勧告」を基調にする。
*国家権力の横暴を許さず、主権者である国民の命と生活を守る政権の樹立を!
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ドイツ、原発20基分を太陽光で発電:世界記録を更新!/アクチュアリテ・オンヴィロンモン(5月28日)
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大飯原発再稼働、「夏限定」で福井県内猛反発! 知事、原発相来県で念押しへ
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☆「メルマガ金原」No.965  (一部省略)
鈴木静枝さん(『女から女への遺言状』語り手)の近況について
 
 先月刊行された『原発を拒み続けた和歌山の記録』(寿郎社)の巻末に、『女から女への遺言状』という講演というか談話の記録が「再録」されています。

 鈴木静枝さん(日高町「原発に反対する女の会」)という1918年生まれの女性が、日高町における原発建設計画をいかに阻止したかを1993年にお話され、同年9月に発行された会報「女たちの会ニュース」第9号に掲載されたものです。
 
 私が鈴木さんの、『女から女への遺言状』を知ったのは、2011年5月28日、元京大原子炉実験所の海老澤徹先生をお迎えして開催された「ぶんぶん講座~繋がるいのちのために~」の席上、松浦雅代さん(原発がこわい女たちの会)から掲載誌のコピーを頂戴した時でした。
 同じ時にそのコピーを読み、深く感銘を受けたにしでいづみさんが文章をテキストデータ化して送ってくださいましたので、メルマガNo.465でご紹介しました。
 
 その後、松浦さんを通じて鈴木さんご本人の了解を得、以下のブログにも掲載されました(ちなみに、電話で問い合わせた松浦さんに対し、鈴木さんは、「何を言ったのかはっきり思い出せませんが、お役に立つのであれば、使ってください。私は何を言われてもかまいませんから」とおっしゃったそうです。
 
「原発いらない和歌山の女たち」
  PDF http://onna-wakayama.seesaa.net/article/233248835.html
 
「梅の里自然農園便り」
  HTML http://ameblo.jp/umenosato-sizenno-en/entry-11014322900.html
 
 さて、その鈴木静枝さんに『原発を拒み続けた和歌山の記録』を届けるべく、去る5月15日、松浦雅代さんが、日高町阿尾にお住まいの鈴木さんのもとを訪ねた模様が、「原発がこわい女たちの会」のブログに掲載されていましたので、ご紹介したいと思います。

 本メルマガに『女から女への遺言状』を掲載した時点(昨年7月31日)での読者数は138名でしたから、その後に読者になってくださった方だけでも70名近くおられますので、あらためて貴重な鈴木さんの証言をご紹介することとしたものです。

 松浦さんによる訪問記と併せて是非ご一読ください。
 
「女から女への遺言状」の作者・鈴木静枝さんに会いに行って来ました
 http://blog.zaq.ne.jp/g-kowai-wakayama/article/8/

(引用開始)
 『原発を拒み続けた和歌山の記録』(寿郎社)を届けに行った5月15日は「沖縄復帰40年」の日。開口一番「密約ばかりでのうー」と「核抜き・本土並み」の密約の話でした。

 鈴木さんは4年位前まで、御坊の広い家に一人で住んで居られました。2003年に使用済み核燃料中間貯蔵の問題が持ち上がり、私たちは鈴木さんの御坊の家に集まって相談を何度かさせてもらったものです。が少し病気をされて、小浦の家で息子さんご夫婦と一緒に居られました。ここに新しいホームが出来たので入られたのです。今年93歳とのことで、「こんな年になってのー」と言われます。何度かお伺いしていますが、いつも机の上に読みかけの本が置いてあります。

 このケアハウスは鈴木さんが先生をしていた阿尾小学校の廃校跡地に建てられていて、このお隣の土地が、和歌山の最初の原発候補地であった日高町阿尾の湿地帯です。数年前、所有者が日高町に土地を贈呈したのですが、今まで放置されていた為、ごみなどの整備に随分費用が掛かったそうです。今は公園となって、珍しい鳥などが観察されています。

 また、海を隔てて2㌔ほど離れたところには小浦の町。鈴木さんの部屋から窓越しに小さく集落が見えます。その裏山を崩して浦磯と呼ばれている磯を埋め立て建設する予定であった日高町の小浦原発、ここの土地は現在は日高町が買い取り、やはり町の所有地になっています。

 鈴木さんは阿尾小学校の先生から→小浦→御坊と移り住むところで、原発にかかわって来られました。小学校の先生をされていただけにとても分かりやすい優しい言葉で、押しつけがましくなく肝心な事を話されるなあー、とお会いするたびに思います。私の貴重な人生の先輩です。(松浦雅代・記)
(引用終わり)
 

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