京大原子炉実験所の助教:小出裕章 氏の哲学 *人間の尊厳とは「日々を誠実に生き貫くこと」と断言。

校庭の放射線量低減を試験=土を上下入れ替え―福島←文科省の無責任な欺瞞

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110508-00000023-jij-soci

時事通信 5月8日(日)13時41分配信



 福島第1原発事故による放射線対策として、福島大学付属中学校(福島市)と併設する付属幼稚園で8日、校庭や園庭の表面部分と下層部分の土を入れ替える試験が行われた。実施した文部科学省では、土の入れ替えによる放射線量の低減の有効性を検証し、各学校などの状況に合わせた具体的な方法について検討する。

 試験は文科省が日本原子力研究開発機構に依頼。中学校の校庭と幼稚園の園庭、砂場の一部分を掘って行われた。このうち、校庭の土の表面部分からは、毎時2.0マイクロシーベルトを検出。約20センチ掘った地点では同0.1マイクロシーベルト、土を上下入れ替えた後の表面部分からは同0.8マイクロシーベルトを観測した。いずれも校庭利用基準の同3.8マイクロシーベルトを下回る値だった。 



☆文科省の無責任な欺瞞。児童・生徒の生命・安全を無視した発想と場当たり政策。

汚染土は、福島原発30km以内へ運び30年間の保管以外に方法がないではないか!

仮に、校舎全体の放射能塵の除洗を行い、校地の総て地面土を上下入れ替えても、児童・生徒の生命・安全を保障をしていない。放射能塵は、学校にのみ降り注ぎ堆積しているにではなく、学校を含む全地域に放射能塵が堆積しているのだ。



☆孫正義さんが提案したように、高濃度の放射能塵堆積汚染地帯を”東北グリ-ンベルト地帯”とし、そこに自然エネルギ-発電等のに集中地帯にすべきだ。



☆高濃度の放射能塵堆積汚染地帯の自治体の行政責任者とその住民は、菅政権・文科省の欺瞞に騙されることなく、”事態の現実”に対する歴史的な正しい判断=住民の安全地帯への疎開を一刻も早く決断し、現住民とその子孫の生命・安全を最優先すべきだ。

全住民の疎開を菅政権に迫る交渉は、全国民から支援・支持されると思われる。



☆敢えて言うならば、高齢者が自ら現地に止まる決断をするならば、児童・生徒とその保護者だけでも、一刻も早く安全な地域へ避難疎開すべきだ。それが、現状に対する歴史的な正しい判断と思う。



☆今回の福島原発事故による高濃度の放射能塵堆積汚染地帯は、農林業・漁業・商工業など長期間にわたり再開不能地帯という厳しい現実を直視しなければならない。それらをの損害賠償責任を総て東電に課すことを明確にすべきだ。




☆「メルマガ金原」No.200の一部を転載。



今日、飯田哲也さんのtwitterにより、以下の番組のことを知りました・

 5月5日、テレビ朝日の「モーニング・バード」という朝8時からの番組に、経済産業省・大臣官房付(つまり具体的な仕事はないということですね)の古賀茂明氏が出演し、現在、政府・東電・財界(金融界)が画策している補償スキームを反国民的として徹底的に批判し、あるべき補償スキームを提言しているのです。

 是非視聴していただきたいと思います。

   その1 http://www.youtube.com/watch?v=YA2LaX8eGDA&feature=youtu.be

   その2 http://www.youtube.com/watch?v=smi_ySOpZ4c&feature=related



☆Blog eonet にも、同じ内容で掲載しています。 

http://mainichisundayman.blog.eonet.jp/default/



☆WordPress Blog にも、同じ内容で掲載しています。

https://mainichisundayh.wordpress.com/



☆TeaCup Blog にも、同じ内容で掲載しています

http://blog.ap.teacup.com/kouichi_kishi/





*今日の「最低気温18℃→最高気温27℃」

今日の最高気温:27℃ 今年最初の”夏日”(25℃以上)だ!



☆今朝は8:00~9:30、3人(一、公、嘉)で定番コ-スの散歩に行った。今朝は、黄砂は少なかった。





☆Twitter・Blog・HPで知るマスコミが報道しないニュ-ス!



小出裕章 氏の哲学

*人間の尊厳とは!人間の生命に尊厳があるとすれば、生命ある限りその一瞬一瞬を、他の生命と向き合って、いかに生きるかという生き方の中に、それはある。



ブログ「晴耕雨読」より転載。

 http://sun.ap.teacup.com/souun/

「「放射能汚染の現実を超えて」小出裕章著(1992) 北斗出版、私が原子力に反対するわけ」



 「放射能汚染の現実を超えて」小出裕章著(1992) 北斗出版、私が原子力に反対するわけ投稿者 ジャック・どんどん 日時 2011 年 5 月 02 日 から転載します。



3月11日から、大変お忙しくされていると思われる京大原子炉実験所の小出裕章さんですが、単著は1992年のこの著書が初めてではないか。



それまでの共著ものでは見れなかった小出さんの思いが伝わる好著です。講演会の資料解説などもありますが、ホンモノの研究者の思いが伝わります。



昔買うたはずなんやけど、どこにあるのかわからなくなった書物部屋から、嫁さんが探して引っぱり出してくれました。出版が1992年だからもう20年近く前である。



小出さんが原子力に反対するわけは、生き方の問題にあるという。



大きな公共図書館には置いてあるかもしれませんが、なんせ北斗出版というマイナー出版社なので20年以上たっているので、もう絶版か?



「放射能汚染の現実を超えて」小出裕章著(1992) 北斗出版 



「序 生命の尊厳と反原発運動」 には、当時印象的だったことを赤線でマークしている。本人はマークしたことはすっかり忘れてしまっていたが、再度読み返してみて、小出さんが単なる科学者ではなく哲学者でもあると思わせる文章だ。それを貫くのは、ある達観(諦観?)なのかもしれない。小出さんのこの文章で、肩の力が抜けた気がして、楽になったのを思い出した。そこの下りを紹介。



P13より引用



「引用開始ーーーーー生き方の中にこそ生命の尊厳はある 



人類はいずれ滅亡する。生物として当然のことである。恐れるべきことでもないし、避けられことでもない。それと同じように、一人ひとりの人間もどんなに死を恐れ回避しようとしてもいずれ死ぬ。一人の人間など、ある時たまたま生をうけ、そしてある時たまたま自然の中に戻るだけである。人間の物理的な生命、あるいは生物体としての生命に尊厳があるとは、私は露ほどにも思わない。もし人間の生命に尊厳があるとすれば、生命ある限りその一瞬一瞬を、他の生命と向き合って、いかに生きるかという生き方の中に、それはある。

ーーー中略ーーーー



自らが蒔いた種で自らが滅びるのであれば、繰り返すことになるが、単に自業自得のことに過ぎない。問題は、自らに責任のある毒を、その毒に責任のない人々に押し付けながら自分の生命を守ったとしても、そのような生命は生きるに値するかどうかということである。



私が原子力に反対しているのは、事故で自分が被害を受けることが恐いからではない。ここで詳しく述べる誌面もないしその必要もないと思うが、原子力とは徹底的に他社の搾取と抑圧の上になりたつものである。その姿に私は反対しているのである。ーーー引用終わりーーー」



私がやらねば誰がやる!(なんかキャシャーンの台詞みたいですが)



P196 あとがきより引用



「ーーー引用開始ーーー(前略)

 おそらく原子力以外の世界においても同様のことと思いますが、原子力の世界には社会的な意味での課題が山積みにされています。私自身は原子力に関わる一介の研究者に過ぎず、いうまでもなく、それらの課題を一挙に解決するような力は私にはありません。しかし、つぎつぎに現れる社会的な課題に眼をつぶって、個別原子力の研究に没頭することはできませんでした。

そして、私がやらねば他の人は果たしてくれないであろう仕事にだけ、自らを関わらせてきました。その都度私にできる仕事をし、最低限必要な文章は書くように努めてきました。

それでも、この二十年ほどは一つの課題と向き合うことでせいいっぱいの毎日を送ってきました。非力な自分を痛感しますし、一日が四十八時間あって欲しいと毎日のように思い続けていました。



ーー(中略)ーーーしかし、私には「本を出す」ために新たに自分の時間を費やすだけの余裕がありません。もし、私にそうした余裕があるのであれば、一つひとつの具体的な課題にこそその余裕をあてたいと思っています。ーーーーー(後略)ーーー引用終わり」





著者自己紹介より

1949年、東京生まれ、東京育ち、高校生の頃、人類の未来は原子力の平和利用によって築かれる、そして唯一の被爆国である日本人こそが「平和」利用の先頭に立たねばならないと固く信じるようになる。1968年、嫌いな東京を離れ、東北大学工学部原子核工学科に入学する。その後、大学闘争との出会い、細分化された学問の実態に接することなどにより、自分の思い込みが誤りであったことを思い知らされる。

1970年、女川で闘われていた原発反対運動に参加する。また自らの誤った選択の責任を取るために、原子力研究の場に踏みとどまり、その場で必要な活動を続けようと決心し、1974年に京都大学原子炉実験所助手になる。  





コメント

01. 2011年5月03日 09:16:49: esmsVHFkrM

ジャック・どんどん、ありがとう。いい投稿をしてくれた。小出さんの文章に心を打たれた。



なんと上等な人間がここにいることだろうか。人間としての品が違う。この人があってあの主張があると言うことが良くわかる。



それに比べて日本のあらゆる組織においてトップに立っている人間の品質はどうか。管にしろ、各省庁の次官にしろ、経団連の米倉にしろ、東電の勝股や清水にしろ、御用学者の東大教授達にしろ、みな下等だとしか言いようがない。



日本の社会はどこかがおかしい。



小出さんのような上等な人間が外へはじき出されてその力を社会のために振るうチャンスを奪われている一方で、無能で下等な人間たちが権力を握りその地位にふさわしい仕事などまったくできないまま社会を破局に導いていく。



これは、日本のあらゆる組織に存在する病理だ。日本が「兵隊優秀、士官劣悪」と言われるのは、こうやって兵隊の中の上等で優秀な人間が昇格の際に組織からはじかれていくからだ。愚者の支配だ。



量子力学の多重世界解釈がある。例のパラレルワールドだ。そんなパラレルワールドの中には、小出さんのような上等な人が日本のエネルギー政策を策定して進めていくようなそんな「日本」があるのだろうか。



そんな「日本」をせめて見てみたい。

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