☆【イラクの子どもを救う会ブログ】(西谷和文)「今回の取材を振り返って バーレーン編」

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【イラクの子どもを救う会ブログ】(西谷文和)

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ジャーナリスト西谷文和が代表をつとめるNGOイラクの子どもを救う会の情報と

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今回の取材を振り返って バーレーン編



2011年3月 2日 10:36 nishitani | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)

今回、バーレーンに入って「革命前夜」を取材できたのは、極めてラッキーなことだった。2月11日の「ムバラク政権崩壊」をカブールで知った。当初、エジプトを訪問してからアフガンに入るか、アフガンで取材してからエジプトへ行くか、で迷っていた。



私の読みは、ムバラクはしばらく粘るだろう、アフガン取材を終えた頃に、ちょうどタハリール広場が最高潮に達しているのでは?というものだった。しかし民衆パワーが、予想をはるかに上回り、ムバラクが退陣したので、このまま「アフガンだけ」で帰国しようと考えていた。



すると、エジプトに刺激され、リビア、バーレーン、イエメンなどで次々と民衆が立ち上がり始めた。



ドバイ空港からバーレーンへは、一日5便も飛んでいる。バーレーンは酒は自由、ナイトクラブあり、マリンスポーツあり、「イスラム国家」としての戒律は非常に緩く、「何でもあり」の国だった。

裏返して言うと、サウジやUAEの金持ちたちが、自国の窮屈なイスラム原理の生活様式に辟易として、「ちょっと遊びに立ち寄る」国なのだ。



首都マナマは、そんな「堕落したリゾートアイランド」の表の顔。内海を渡ったシトラ市は、「貧困シーア派が閉じ込められた」裏の顔。



今回は「裏の社会」に閉じ込められていた人々の爆発だった。79年にイランでイスラム革命が起こった時、バーレーンのシーア派が蜂起した。しかしこの時は国王の軍隊に弾圧され、以後、30年間、人々は独裁体制に甘んじてきた。

「今回がラストチャンスだ。これを逃すと、我々は一生、差別され、虐げられるのだ!」シトラ市の若者たちの悲壮な決意。



前日に5人射殺されているというのに、また、真珠広場でデモをすると言う。

「殺されるかもしれないよ」というと「死を恐れている場合ではない。神が守ってくれる。インシャアッラー」。

そして彼らは、また真珠広場に向かっていったのだ。



彼らは武器も、石さえ持たず、花を持って対峙した。彼らの「本当の武器」は、携帯電話だった。警官隊が一斉に射撃してくる。その模様を携帯で撮影する。そしてすぐにその動画がネット上にアップされる。それをアルジャジーラその他が報道する、その映像は遠くアメリカまで流れる。そしてオバマでさえ、国王に「弾圧するな」と言わざるを得なくなる…。



こうして彼らは勝利した。いや、勝利の方向に一歩進んだ。

今のところ、民衆は「国王と首相を倒せ!」でまとまっている。さらに進んで、「米海軍は出ていけ!」という運動につながるかと言えば、おそらくそこまでは行かない。国王を支えてきたのは、サウジと米国である。その背後にいるビッグパワーにまで、メスが入るか、が今後の争点であろう。



バーレーンは小さな島国であるが、①産油国、②サウジの裏庭、③米海軍の司令部がある、④シーア派革命の萌芽、など、今後の中東情勢に与える影響は極めて大きい。今後も要注目なのだ。







今回の取材を振り返って アフガン編



2011年2月27日 18:58 nishitani | 個別ページ | コメント(0) | トラックバック(0)

2月4日から17日のアフガン取材、今回のテーマは「貧困と寒さ」、「女性と子ども」だった。

カブールでは大雪が降り、身体の芯まで凍える中での撮影だった。ヒートテックの下着に、セーター、オーバーと着込んでいても、10分もすると、手足がしびれてくる。そんな雪の中を靴下もはかずに子どもたちが歩いている姿を見て、「いつまでこの状態で放置するのか?」と、政府はもちろん、国連に対しても、「不作為の犯罪」を感じるのだった。



滞在期間中、2週間で2回のテロがあった。米軍が撤退を始める7月までは、「米兵を狙えるのも7月までだ!」と、仕掛け爆弾や自爆テロが繰り返されるだろう。そして撤退を開始した8月以降は、タリバンやヒズビ・イスラム、ハッカーニグループなど、「反政府勢力の主導権争い」で、やはりテロが頻発するだろう。



貧困のどん底にあえぐ人々に、支援が届いて、希望が見えるようになれば、テロは収まるだろうが、果たして事態はそううまく進むかどうか…。



今回の旅では、ヘラートまで飛べたのが収穫の1つだった。ヘラート市内は治安が安定しており、飛行機で行くのならば、ほぼ問題なく入れることが分かった。同じような病院の規模ながら、カブールのインディラガンジーに比べて、ヘラート州立病院は、設備もクリーンで薬もまぁまぁ足りていた。カブールの方が予算規模は大きいはずだが、首都であるカブール市内の病院は、より貧困だった。これは州知事の姿勢の違いだろう。カブールでの病院予算は賄賂に消え、ヘラートのそれは、ちゃんと病院まで回っているという印象を受けた。カブール州知事を交替させねばならないのでは?



雪の中のアフガン軍訓練で、米兵による「ロケットランチャー発射訓練」を取材した。携帯用コンピューターで位置を確定させ、相手の場所を「東経O度、緯度×度」で射撃する。

ハイテクだ。病院には家畜に噛まれて大けがをした子どもがいる。戦場では携帯コンピューターでGPS射撃が行われている。

一般家庭では江戸時代のような話がまかり通っていて、戦場では21世紀の驚くべき技術が披露されている。

「逆でしょう、金のかけるところが!」と突っ込みたくなる。



焼身自殺のアブサナちゃん。17歳にして自殺せざるを得なかった「部族の掟」「娘の身売り」。こちらも時代が19世紀で止まっているかのような錯覚すら覚える。「大嫌いだった」。嫁がされそうになったのは親族の男。娘の自殺を目の当たりにして、両親は何を考えただろう?



最後に自爆。身体に爆弾を巻き付けて爆発させるのだから、当然胴体も手足も、頭もバラバラに吹き飛ぶ。頭ではその理屈は分かっているつもりだが、やはり現実を見ると…。大きく見開かれた目、黒こげの髪、ぽっかり空いた口。その瞬間、何か叫んだのだろうか?

日本の特攻隊も「天皇陛下万歳!」と叫んだのではなく、「お母さん!」と叫んで突っ込んでいったと聞く。自爆犯の脳裏にあったのは? 果たして…。

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