日本はとんでもない国になってしまっている。菅政権・検察・司法・マスコミが、国民を騙す日本の現実!

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iwakamiyasumi 岩上安身

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日本はとんでもない国になってしまっている



一市民が斬る!! [Civil Opinions Blog].



.大メディアの虚報が気になり、ブログを書き始め7ヶ月。大メディアが報じない恐ろしい事実に気づいた。11人の審査員が存在したのか、審査会議が開かれたのかもわからない不透明なプロセスで、東京第五検察審査会が小沢議員強制起訴の議決を下した。架空議決の疑い濃厚だ。誰もが、他人の申し立てによって、容易に刑事被告人にされてしまう可能性がある。多くの国民にこの事実を知らせたい。「検察審査会の情報公開を求める国会請願」の署名を多く集め、国会に抗議したい。(2010年12月26日)







2月21日  検審事務局の「9/14急転議決」「平均年齢30.9歳公表」は大失策! 架空議決疑惑浮上で、苦し紛れの嘘の上塗り!



<検審事務局の二つの大失策!>

検審事務局は調子に乗りすぎ、2つの大失策をやらかした。

一つは、前ブログに書いたが、「10月末議決」を無理やりに「9月14日議決」としたことだ。

もう一つは、くじ引きで選ばれた審査員としてありえない、若すぎる30.9歳という平均年齢を起訴議決発表時に呈示したことだ。

本当に審査員が存在したのか、審査会議が開かれたのかという疑惑が一気に浮上した。

慌てた検審事務局は、疑惑隠しのため、怪しい審査員選定関連資料や審査会議回数などの情報を積極的に出してきた。

しかし、所詮、実在しないものを実在したとするのは無理がある。

あちこちで、辻褄が合わなくなったり、説明がつかなくなる。

段々追い込まれてきているが、法務官僚、菅政権、最高裁が必死に守っている。



検審事務局の狼狽振りについて記してみたい。





<"年令クルクル審査怪"から読めるのは「審査員は決まっていなかった」>

平均年齢呈示の経緯をもう一度示す

①検審事務局が10月4日「平均年齢30.9歳」と公表

②「若すぎる」と世間から疑問の声が。

③検審事務局が「平均年齢は33.91歳」と訂正。 理由は「37歳の人を足し忘れていた」と。

④「37歳の足し忘れを入れて計算すると33.91歳にならず、34.27歳になる。この34.27歳は第1回の就任時平均年齢と同じで、不思議だ」の疑問の声が。

⑤検審事務局が「平均年齢は34.55歳」と2度目の訂正。「残り10人の年令も間違っていた」「就任時の年齢で計算していたが議決時の年令に直した」と。この34.55歳は1回目の議決時の平均年齢と全く同じ。



支離滅裂とはこう言うときに使う言葉だろう。



一市民Tの推理は

審査員と生年月日の一覧表を見て計算すれば、どんなバカだって、2度も間違うことはない。

彼らは、審査員11人を決めていない中で、適当な平均年齢「30.9歳」を呈示したということだろう。

「若い人ほど起訴議決に賛成する」とでも思っていたのだろうか。

30.9歳が、くじ引きではありえない若い年令とは考えなかったようだ。

ところが「若過ぎてありえない」と言われて慌てた。

平均年齢を上げるのに「足し忘れがあった」とした。

足し忘れを出すのに1回目平均年齢を基準に考えた。そして34.27×11-30.9×11=37歳を足し忘れと決めた。

(34.27歳を使って逆算して37歳を出したのだから、34.27歳となるのは不思議でもなんでもないのだ)

34.27歳を33.91歳とした理由は読みきれない。

おそらく、この時点から11人の審査員を決めて、平均年齢を出そうとしたのではないかと想像する。

フリージャナリスト畠山氏の追及に対し、事務課長は「(37歳足し忘れのことは)忘れてください」と答えているのが面白い。(事務局の気持ちがよく出ている)

次に34.55歳と変えたが、変えた理由が分からない。

間違った理由として、一部就任時年令を使ったとしているが、議決発表なのだから、議決時年令を呈示するのが当たり前だ。これもとってつけたごまかしだ。言い訳にもならない。



全て、審査員を決めていないから起こる間違いだ。





<@iponfanに送った開示通知書は目くらまし>

事務局は「審査会情報は非公開」の方針を貫いてきた。

ところが、11月末に意図的に開示をしてきた。一市民Tは、これを、「審査員が実在し審査会議は開かれていた」と思わせたいための開示だと見る。



@iponfan(ツイッターID)氏が情報開示請求したものに対し、2010/11/28以下のような資料を呈示したのだ。



ブログジャーナル参照

http://geruge10.blog77.fc2.com/blog-entry-5.html



検察審査会事務局に対して情報開示請求手続きを行いました!(3)

―開示通知書―

1.検察審査会行政文書開示基本通達

2-1.検察審査会行政文書開示細目通達

2-2.別紙様式1~6

3.宣誓録.pdf

4.宣誓書.pdf

5.臨時選定録.pdf 

6.招集状交付送達報告書.pdf 

7.選定録.pdf



開示通知書書面中の記述で怪しい点を挙げる

4.宣誓書

署名が黒塗りだから、宣誓書とは言わない。

手書きの日付を並べてくれた方がおられるので、見ていただきたい。

http://twitpic.com/3wd07n

2番目、3番目は明らかに同じ筆跡だ。事務局が勝手に作成した書面に違いない。

5.臨時選定録

個別記入された部分は、備考の欄の「臨」の字のみ。氏名その他は全て黒塗り。

本物かどうか分からない。

6.招集状交付送達報告書

受達者の氏名も送付月日まで黒塗り。

報告書の様式を開示しているだけだ。実際に使ったものであるかどうか分からない。

7.審査員の選定録      

これまた、肝心な氏名、住所、生年月日が黒塗りだ。

第3群と第2群書類で、立会い人署名欄の地方裁判所判事「三好幹夫」のサインが異なる。

字の癖も違うところがある。同種類の署名用紙に、これほどまでに自分の名前の書き方を変えて署名する人にお目にかかったことはない。

事務局関係者が、第2群のサインを真似て、第3群の書類を作成したものと読んだ。そうだとしたら公文書偽造だ。

印影も違っているようだ。





3から7の書面があると、審査員が選出され、審査会議にも招集されていると錯覚してしまう。

ところが、上記の如く、書面の肝心な部分が黒塗りになっているのだから、備え付けの用紙を示したものに過ぎない。

また、どの書面も、後で誰かが作成することができるものばかりだ。

どれ一つとして、審査員の存在を裏付ける資料ではない。

騙されてはいけない。

    

<「6日間で議論が熟すはずない」との疑惑が噴出すると、「7月から審議していた」に変えてしまう>

検審事務局は、以下の報道の如く、「9月上旬に審査補助員が決まったので、審査が本格化し、10月末議決する」という情報を流してきた。

9月8日付大手6紙報道(1).pdf

9月8日付大手6紙報道(2).pdf



ところが、急に「9月14日議決」に変えた。

朝日、読売などが以下のサポート記事を出したが、疑われるのは当然だ。

10月5日付朝日新聞記事.pdf

10月6日付読売新聞記事.pdf



そこで、検審事務局はまた説明を変えた。





<検審事務局は審査会議開催回数・月日等をこれまでの報告と変えてきた>

検審事務局は、最高裁経由で森ゆうこ議員に、吉田審査補助員が出席した審査会議回数を以下の通りと報告した。

7月 7/13ともう1回       計2回

8月 8/4ともう2回        計3回

9月 9/14とその前に1 回   計2回



9月8日6紙新聞一斉報道で、吉田弁護士が審査補助員に就任したのは9月上旬としていたのに、「7月13日から、審査会に出席していた」に変えた。

2回目議決は、1回目と異なる新しい審査員で審査するといっていたが、7月の2回は1回目の審査員が加わったものだ。

10月6日読売新聞によると、「9月には入って頻繁に審査会議を開いた」と記述しているが、たったの一回だけということだ。





<審査員に選ばれていることを本人に告げてなければ、審査会議はどうにでもなる>

検審事務局からもたらされる情報のどれが本当の情報なのか、こんがらがってしまう。

一市民Tはどの情報も事実ではないと思っている。

審査員は最終的には選ばれていると思うが、本人には審査員だと伝えられていないと思う。

そうであるとすると、審査会議には呼ばれない。

もちろん、日当も支払われてない。

東京第五検察審査会事務局員2人、吉田審査補助員、斎藤検察官が口裏を合わせればどうにでもなるように設計されているのだ。

審査員に連絡していなければ、どういうストーリーにしようが、上記の4人で思う通りにできる。

審査員がいたとすると、10月議決の予定で進めていて、急遽9月14日に議決しようと言い出す人がいるだろうか。誰かがそう言い出しても、すんなり受け入れない人もでてくるはずだ。

審査会事務局は、これまで、審査員の生年月日、日当支払簿等、審査員の存在や審査会の開催を示す確実な証拠を何一つ示していない。

架空議決だなどと疑われれば、怒って証拠を出すのが普通だが。

最高裁だって、呈示すべきだと促すはずだが、それをやらない。

日本はとんでもない国になってしまっているようだ。





2011年2月21日|個別ブログ記事





★阿修羅♪

http://www.asyura2.com/index.html



誰が小沢一郎を殺すのか? 日本の読者へ(カレル・ヴァン・ウォルフレン緊急インタビュー)

http://www.asyura2.com/11/senkyo108/msg/550.html

投稿者 pochi 日時 2011 年 2 月 25 日 16:30:58: gS5.4Dk4S0rxA





web KADOKAWA

http://www.kadokawa.co.jp



誰が小沢一郎を殺すのか?

●日本の読者へ(カレル・ヴァン・ウォルフレン緊急インタビュー)





――なぜ、小沢一郎氏をテーマとする本書を刊行することにしたのですか?



 私が執筆を思い立ったのは、抜本的な政治改革という、多くの日本人が明確な意思表示をもって臨んだ類い稀なるチャンスが失われようとしていると感じたからだ。

 その国にとってとてつもなく重要な展開は、しばしば、大多数の国民が気づかないうちに起こるものだ。人々の関心はきわめて些細な出来事に引きつけられがちである。小沢氏が起訴されたことは当然のことながら国民の関心の的となったが、大勢の人々にとって、それはエンタテインメントのひとつにとどまっているらしい。そして、ある重大な事実、すなわち小沢氏が日本の政治にとってどれほど重要な役割を果たしてきたかという事実を、大半の人は忘れてしまったかに思われる。

 そもそもこれまでの日本では、政策立案をするために必要な機能が停止したままの状態が続いてきた。それは、半世紀以上にもわたる旧態依然とした体制が維持されるよう、自民党が取り計らってきたためなのであり、民主党が自民党から政権を奪い返した意義は、ここにこそあったのだ。

 そして、彼らが自民党から政権を奪い返すことのできるような状況を生み出した人物こそ、小沢一郎氏にほかならない。ところが民主党の政治家の多く、おそらくその半数までもが、真に抜本的な改革をしようという当初の熱意を失ってしまったかに見える。そうした人々は小沢氏の評判を貶め、彼の政治生命を抹殺しようと生み出された架空のフィクションに乗せられてしまったらしい。

このようなフィクションを生み出した人々、特に日本の検察や新聞の編集担当者たちは、かなり早い時点で、小沢氏は現体制という日本の政治システムにとって脅威となる人物であると断定したのだろう。その判断自体は間違っていない。小沢氏がその誕生に手を貸した民主党は、この旧態依然とした政治システム側からすれば、確かに脅威だったのである。



――日本政治の現在の問題点、そして目指すべき方向性はどこにあるのでしょう?



 民主党を政権の座につけたのは、日本の政治システムの問題を修復するという同党の約束を信じた日本の有権者たちである。つまり日本の有権者は、民主党と小沢氏に、日本が世界の先進大国となったあと何十年にもわたって続けられてきたやり方を変えてほしいと望んだのである。

 本書のなかで私は、日本のシステムは超法規的であると記した。これは、そのようなシステムを真に民主的なやり方で制御する手段が、日本国民の手中にはないということを意味している。そしていま、このような超法規的なシステムを維持しようとする人々は、小沢氏が犯罪者であるかのように喧伝することで、国民を欺こうとしているのだ。

 彼ら自身は、自分たちが正しいことをしていると信じている。ただし彼らにとっての正しいこととは、混乱をもたらしかねない不確かなものを、どんなものであれ阻止するということである。彼らの行為を、理解できないわけではない。だが私は、政治による舵取りを真に実現し、本当に解決すべき問題に取り組む必要があるということを理解していた日本の人々をこそ、いっそう強く支持する。

 日本が解決すべき問題のひとつは、国際社会における日本のポジションである。日本を直接取り巻く東アジア地域の状況は、一変した。ところが日本政府はこれまでのところ、日本とその近隣諸国の双方にとって有益な方法で新しい状況に適応することができずにいるようだ。

 この問題には、日本のアメリカへの依存体質が密接に関係している。ではなぜアメリカに依存するのか? それは、政治的な舵取り機能を果たす真の政府の存在が日本には欠如しているからである。これこそ、民主党が改革しようと望んだことなのであった。



――最後に、日本の読者に向けたメッセージをお願いします。



 私は日本人ではないが、他のいかなる国にも増して、日本は私の人生にとって重要な存在である。私はこれまで20年以上にもわたって、多くの著書やエッセー、記事を通じて、幅広い日本人読者に語りかけるという幸運に恵まれてきたのだ。だからこそ私は、日本の人々の将来に何が起こるかということに、強い危惧を抱いているのである。



訳:井上実





http://www.kadokawa.co.jp/wolferen2011/

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